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2014-05-30 [etc]

(もったいぶらずに、書き進めるぜ。)

2009年も引き続き録音の日々。
年明けの時点で、半分も終わっていなかったと思う。

・・・何故か2009年と2010年の記憶が全く無い。どこに行ったんだ?

2010年の暮れには録音が終わった。
足かけ3年。
打ち上げ兼忘年会として、スレッガーさん含め、新宿のロニーさん行きつけの焼肉屋に行った。
大人5人で飲むわ喰うわで1人1万円払ったよ。個人経営の店で、高級店でもないのに。
皆から、「BJはお湯割りの作り方がなってない。」って怒られたな。
今、改めて思えば、このときが一番楽しかった。

アルバムは本当に大事な作品になった。
タイトルは、昔からエディさんの中では決まっていたみたい。
曲順はみんなで意見を出しあって、最終的にはエディさんとスレッガーさんで決めたのかな。
ギターソロは何回も録り直した。
気持ちよく一発で終わった曲は無かった。エディさんは「納得できるまでやり続けろ」って言って、スレッガーさんと一緒にずっと付き合ってくれていた。
完成してから今も変わらないけど、個人的には Tragedy がベストトラック。メンバーそれぞれの味が一番分かりやすい曲だと思う。
そのことを俺はエディさんには言ったけど、エディさんは何がベストトラックだったのか。

2011年はアルバムのジャケット写真撮影。
ニッシーさんが待ち時間に『苦役列車』を買ってたのを覚えてる。

それで、3.11。

バンドはしばらくできなかった。
6月に復帰しようとした矢先にロニーさんのことがあった。
本当に、直前までみんなで連絡を取り合って、スタジオの日を決めてた。

ある朝、エディさんから電話をもらって、ことを知った。
エディさんから電話をもらった翌日、ロニーさんの家に行った。
エディさんはスレッガーさんと、俺はニッシーさんと向かった。
ニッシーさんがパンを買ってくれてて、俺の迎えを待ってた。凄い嬉しかった。
2人でドライブ。The Byrds をひたすら流してた。
本当に悲しくて、辛かった。
葬儀が全部終わり、1人での帰り道、立ち寄った途中のパーキングエリアで見た何て事は無い景色は今でも覚えている。清々しかった。

それから、アルバムの製作は進み、発売に至った。
ベースはスレッガーさんが担当してくれることになった。
スレッガーさんしかいなかったし、適任だった。
ボーナスCDの「Love Me Two Times」は、録音する何年か前、エディさんと2人で飲んでるときに、俺がやってみたいと言ったのを、エディさんが覚えていて実現したんだよね。
ロニーさんは、ベースが難しいからって、拒否していたけど。
それでもお聴きのとおり、仕上げてくるところはさすがだよ。
エディさんが「Love Me Two Times 、練習しよう」って言って、ロニーさんが「ええ、いいよ。」って言い返すのがお決まりだった。

追悼を兼ねたレコ発も出来て、2011年は暮れていった。
あの日は、俺の知ってる中で唯一、エディさんがシラフでステージに立った日。
控室でも、ずっと練習してた。いつ弦が切れてもおかしくなかったよ。
ライブ前に、飲みもしなければ、笑いもしなかったのはあれが最初で最後じゃないかな。

忘年会はやはりロニーさんの行きつけの焼肉屋。
最後はエディさんと2人で午前3時まで飲んだ。
帰り道、エディさんは、呼び込みの男に悪ふざけしたり、原付を倒したり、色々悪戯してたな。
当時はひどく酔ってるなと思っただけだけど、今思うと、ロニーさんのことがあってからレコ発まで、メンバーの誰よりも緊張して過ごして、誰よりも解放感に浸ってたのかもしれないね。
しかし、今年の忘年会は、ニッシーさんとスレッガーさんとの3人になっちゃったな。


2012年からは、エディさんのブログやTwitterで皆さんも色々なことはよく御存じかと思います。


これまで9年間にわたり、The Variations を応援していただき、本当にありがとうございました。
応援していただいた皆さん、ライブで共演していただいた皆さんやライブハウスのスタッフ、アルバム製作に関わってくれた皆さん、本当に心から感謝しています。

何より、何者でも無い俺に話しかけてくれたり、優しく接してくれた皆さんには感謝しかないです。
こんな自分でも相手にしてもらえて嬉しかったな。The Variations でギターを弾けてよかった!!

また、このブログを読んでいただいた皆さん、ありがとうございました。
どうか、皆さんの幸せがこれからも続きますように。


回想に何度も出てきた、中学校からの親友である T.Strange も、もうこの世には居ない。
俺は2011年からの3年の間に、大好きな、大切な人を3人も失った。
これまでと同じ、いつもどおりに、というのはできないね。
しばらく旅にでも出ることにします。

最後は、The Variations の Tragedy でお別れしましょう。
自分のギターに苦笑いだけど。
でも、エディさんなら「そんなことないよ。」と言ってくれるだろうし、ロニーさんなら無言でベースの音をチェックするだろうし、T.Strange ならエディさんの歌詞を独自の理論で展開してくれるだろう。

また、みんなでスタジオに入りたいし、新宿の焼肉屋に行きたいし、ディランの物真似のし合いも見たいし、笹塚駅近くのベンチで待ち合わせしたいし、ドライブにも行きたい。
どうか、俺を2004年10月のあの日に戻してほしい。

もうウンザリだ。
コメント(4) 

コメント 4

JOE ALCOHOL

VARIATIONSは9年やったんだね。HKKと一緒じゃないか(笑)HKKが終わる時。「9年か....義務教育だな(笑)」なんて俺はエドちゃんと別れる時言ったよ(笑)
by JOE ALCOHOL (2014-05-31 08:21) 

baby_john

同じだったんですね!!
長いようで短い9年・・・。
義務教育の先には、なかなか進めないものなんですね(笑
by baby_john (2014-05-31 21:36) 

GO

あの幡ヶ谷の夜は忘れられない。打ち上げでEDDIEさんと色々話した事は大事な思い出です。BJ君もお疲れ様でした。とても興味深く読ませてもらいました。ありがとう。
by GO (2014-06-01 00:03) 

baby_john

いえいえ、読んでいただいてありがたいです。
あの日は遠くから、ありがとうございました。見ていただけてよかったです!打ち上げまで参加していただいて、いい思い出になりました。

by baby_john (2014-06-01 20:08) 

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