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2015-05-22 [etc]

The Variations のホームページに Eddie's Room を再掲載してます。
最初は、ホームページを作るときにコンテンツが少なかったので、冗談半分で作ったコンテンツでした。カサ増しですね。
なので、何のアイデアも無く、幽霊コンテンツと化してました。

あるとき、あまりにも幽霊化し過ぎたので、写真と英文くらい載せてみようということで始めたというか、時間を稼ごうと思いました。
その内、もう一回同じ手法で、ということが繰り返され、ブログ風に運んでいきました。
また、あるときに、Eddie さんが「ブログを書くよ」ということで、Eddie's Room は終息しました。

今見ても、なかなか笑えます。

数ヶ月おきに、Eddie さんがネタを考えて、撮影して、アップする。
二人して大笑いしながら、アップしたこともありました。

動画の「Wicked Messenger」は、遊びで動画を撮ってみよう、ということで練習終わりに撮影してみました。

Ronnie さんが撃たれるシーンはNG無しの一発OK。奇跡的に、電車がシーンとシンクロしていて、メンバーみんなが驚いた。
Nissy さんのシーンは、撮影する方向がなかなか定まらずに何回も撮り直したような。

曲は、Eddie さんが考えてきて、白いストラトキャスターで録音。かっこいいギターだった。

是非、最初から最後まで見て、自分なりの発見をしてもらえればと思います。


2015-05-09 [etc]

 5月6日はお集まりいただき、本当にありがとうございました。

ご出演いただいた皆様、最高のステージをありがとうございました。

本当にたくさんのお気持ちが嬉しかったです。
何より、Eddie Alcohol にはしっかりと伝わったかと思います。

ありがとうございました。

あれから一年が経ったのですが、正直、時間の感覚がありません。不思議です。何かを錯覚している気がしています。
Ronnie Silvers の時とは感覚がまた違います。

これからも錯覚し続けると思います。
でも、それでいい気がします。Eddie さんは、僕にとって色々な意味で強い人です。だから、僕は錯覚します。急に寂しくなります。最後に会った日が忘れられません。これまで、かけてくれた言葉を忘れられません。
教えてくれたレコード、本、映画、ギターのこと、お酒の飲み方、街の歩き方、一緒に行った店。

Eddie さんが居ると思っています。


2015-04-29 [etc]

来週は Eddie Alcohol 追悼ライブ Closing Time 。

皆様のお越しをお待ちしております。

ライブ自体が久しぶりで、最後のライブから3年経っている。
自分たちで企画したライブとしては、3年半ぶり。

出演してくれるバンドも、みんな素晴らしいので楽しみだ。

大げさだけど、来週のライブをやるために、15のときにギター人生がはじまったと思うと、何とも壮大で美しい物語じゃないか。
Eddie Alcohol や皆さんにはもちろん、過去の自分にも、思いを捧げることとしよう。
それに、ギター人生で深く関わってくれた Ronnie Silvers、T.Strange にも捧げる。

最初のドリンクは無料なので、是非どうぞ!
チケット代だけ握りしめて、どこかに居るであろう、Eddie Alcohol に会いに行きましょう。

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2015-04-26 [etc]

追悼ライブまで、あと10日。
まだまだ先だと思ってたけど、早いもんだ。

しかも、あと10日で、あれから1年経つんだな。

最近の春の陽気とか、夕暮れとか感じると、1年前を思い出して、気が滅入る。
これからもそうだと思う。
T.Strange のことを知ったのも5月だったわけで。

まあ、ただ、ここで黙ることはないスレッガー・コウとニッシー・ライダーの、あのエネルギーに救われる。
メンバーがあの2人だったから、追悼の開催に至ったと思うと、バンドは面白い。
だから、みんなバンドをやるんだね。

俺の場合、楽しかった以上に辛かった方が大きいけど、今回は楽しいと思う。

出てくれるバンドも、全てが人間らしさの塊だと思うし。
組み合わせも実に追悼らしい。

この機会、是非お見逃し無く。
5/6 は幡ヶ谷ヘビーシックで。


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2015-04-18 [etc]

昔を振り返ったところ、過去に一度だけスリーピースでバンドをやったことがあることを思い出した。
ライブはやらなかったし、スタジオも5回も入ってないかと思う。
もちろん、誰にも存在なんて知られてなかった。

今や The VARIATIONS はスリーピース。
普通に生活してたら知り合うことも無かった素晴らしいメンバー。
ここのところ、スタジオ以外でも、会議で話したり、メールでやりとりしたり。

単純に、練習中に垣間見える2人の気合に、興奮というか、感動というか、普段味わえない前向きな感情を覚える。

5/6 のライブが終わったらどうなるんだろうね。
とりあえず、一度は打ち上げとして飲みに行くとして。



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2014-05-30 [etc]

(もったいぶらずに、書き進めるぜ。)

2009年も引き続き録音の日々。
年明けの時点で、半分も終わっていなかったと思う。

・・・何故か2009年と2010年の記憶が全く無い。どこに行ったんだ?

2010年の暮れには録音が終わった。
足かけ3年。
打ち上げ兼忘年会として、スレッガーさん含め、新宿のロニーさん行きつけの焼肉屋に行った。
大人5人で飲むわ喰うわで1人1万円払ったよ。個人経営の店で、高級店でもないのに。
皆から、「BJはお湯割りの作り方がなってない。」って怒られたな。
今、改めて思えば、このときが一番楽しかった。

アルバムは本当に大事な作品になった。
タイトルは、昔からエディさんの中では決まっていたみたい。
曲順はみんなで意見を出しあって、最終的にはエディさんとスレッガーさんで決めたのかな。
ギターソロは何回も録り直した。
気持ちよく一発で終わった曲は無かった。エディさんは「納得できるまでやり続けろ」って言って、スレッガーさんと一緒にずっと付き合ってくれていた。
完成してから今も変わらないけど、個人的には Tragedy がベストトラック。メンバーそれぞれの味が一番分かりやすい曲だと思う。
そのことを俺はエディさんには言ったけど、エディさんは何がベストトラックだったのか。

2011年はアルバムのジャケット写真撮影。
ニッシーさんが待ち時間に『苦役列車』を買ってたのを覚えてる。

それで、3.11。

バンドはしばらくできなかった。
6月に復帰しようとした矢先にロニーさんのことがあった。
本当に、直前までみんなで連絡を取り合って、スタジオの日を決めてた。

ある朝、エディさんから電話をもらって、ことを知った。
エディさんから電話をもらった翌日、ロニーさんの家に行った。
エディさんはスレッガーさんと、俺はニッシーさんと向かった。
ニッシーさんがパンを買ってくれてて、俺の迎えを待ってた。凄い嬉しかった。
2人でドライブ。The Byrds をひたすら流してた。
本当に悲しくて、辛かった。
葬儀が全部終わり、1人での帰り道、立ち寄った途中のパーキングエリアで見た何て事は無い景色は今でも覚えている。清々しかった。

それから、アルバムの製作は進み、発売に至った。
ベースはスレッガーさんが担当してくれることになった。
スレッガーさんしかいなかったし、適任だった。
ボーナスCDの「Love Me Two Times」は、録音する何年か前、エディさんと2人で飲んでるときに、俺がやってみたいと言ったのを、エディさんが覚えていて実現したんだよね。
ロニーさんは、ベースが難しいからって、拒否していたけど。
それでもお聴きのとおり、仕上げてくるところはさすがだよ。
エディさんが「Love Me Two Times 、練習しよう」って言って、ロニーさんが「ええ、いいよ。」って言い返すのがお決まりだった。

追悼を兼ねたレコ発も出来て、2011年は暮れていった。
あの日は、俺の知ってる中で唯一、エディさんがシラフでステージに立った日。
控室でも、ずっと練習してた。いつ弦が切れてもおかしくなかったよ。
ライブ前に、飲みもしなければ、笑いもしなかったのはあれが最初で最後じゃないかな。

忘年会はやはりロニーさんの行きつけの焼肉屋。
最後はエディさんと2人で午前3時まで飲んだ。
帰り道、エディさんは、呼び込みの男に悪ふざけしたり、原付を倒したり、色々悪戯してたな。
当時はひどく酔ってるなと思っただけだけど、今思うと、ロニーさんのことがあってからレコ発まで、メンバーの誰よりも緊張して過ごして、誰よりも解放感に浸ってたのかもしれないね。
しかし、今年の忘年会は、ニッシーさんとスレッガーさんとの3人になっちゃったな。


2012年からは、エディさんのブログやTwitterで皆さんも色々なことはよく御存じかと思います。


これまで9年間にわたり、The Variations を応援していただき、本当にありがとうございました。
応援していただいた皆さん、ライブで共演していただいた皆さんやライブハウスのスタッフ、アルバム製作に関わってくれた皆さん、本当に心から感謝しています。

何より、何者でも無い俺に話しかけてくれたり、優しく接してくれた皆さんには感謝しかないです。
こんな自分でも相手にしてもらえて嬉しかったな。The Variations でギターを弾けてよかった!!

また、このブログを読んでいただいた皆さん、ありがとうございました。
どうか、皆さんの幸せがこれからも続きますように。


回想に何度も出てきた、中学校からの親友である T.Strange も、もうこの世には居ない。
俺は2011年からの3年の間に、大好きな、大切な人を3人も失った。
これまでと同じ、いつもどおりに、というのはできないね。
しばらく旅にでも出ることにします。

最後は、The Variations の Tragedy でお別れしましょう。
自分のギターに苦笑いだけど。
でも、エディさんなら「そんなことないよ。」と言ってくれるだろうし、ロニーさんなら無言でベースの音をチェックするだろうし、T.Strange ならエディさんの歌詞を独自の理論で展開してくれるだろう。

また、みんなでスタジオに入りたいし、新宿の焼肉屋に行きたいし、ディランの物真似のし合いも見たいし、笹塚駅近くのベンチで待ち合わせしたいし、ドライブにも行きたい。
どうか、俺を2004年10月のあの日に戻してほしい。

もうウンザリだ。
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2014-05-30 [etc]

沼津から帰ってきて数日後のある夜、Sleggar Kou さんを含めた5人で新宿に集合。
アルバムのレコーディングのミーティングをした。

ひどく飲んだこともあって、何を話したか覚えてない。

レコーディングは秋から始まった。まずはドラムから。
わりと時間はかからずにスムーズに進んだ印象がある。

並行して、12月に自主企画の TALES OF ORDINARY MADNESS の第1回目を開催した。
The Variations 史上、上位に入るデキになったライブだった気がする。
打ち上げでニッシーさんも「今日はよかった」と言っていたことを覚えてる。
T.strange も満足して帰っていった。
このころ、エディさんは千円札を折って作るターバン野口の作成に凝っていたな。
初めての自主企画ということで、メンバー皆緊張していた。
エディさんは、ワイン1本とコーヒーを何杯も飲んでから家を出たと言っていた。

TOM.jpg

2008年は、The Variations が最も多くライブをやった年になった。
と、いっても12本。
TALES OF ORDINARY MADNESS も数回やって、色々な方達に出ていただいた。

front.jpg

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TOOM04_F.jpg

Depaure とか、Small Experience、The Desire Buries the Mind、Tragedy が作られたのもこの年だったと思う。

Depaure は、最初はもっと暗い曲だった。
俺は好みだったんだけど、エディさんが暗いから変えるって言ってた。
変えた後、「あのリフ(没にしたところ)はBJにやるよ」って言ってくれた。今に至るまで使ってないけど。

Small Experience は、ロニーさんがある日突然作ってきた。
エディさんは、爽やかだ、と言ってひどく気に入っていた。
よーく聴いてもらうと分かってもらえると思うんだけど、ギターソロの直前にエディさんと二人でギターを絡めてるんだよね。
エディさんの遊び心で、「BJ、ツインギターやってます、みたいな感じにしようよ」って言って。
言うまでも無く、何度も録り直したけど。

The Desire Buries the Mind は、もっと早いテンポの曲になる予定だった。
演奏を繰り返すうちに、自然とスローなテンポになった。
キーが高いだ、低いだ、と言って、エディさんとロニーさんで揉めていたのはいい思い出。
個人的には、あのノリは非常に苦手。聴くのは気持ちいいんだけど、弾くとなると難しい。

Tragedy は、Small Experience に影響を受けてエディさんが書き上げた。
ある日の夜、上野を1人でぶらぶらしていると、エディさんから電話があった。
「今から、Sleggar Kou の家で録音するから、BJも来い」、ということだった。
急いで準備して行って、Tragedy のギターソロを録音した記憶がある。
急いで行ったからとかでもなく、Tragedy のギターソロは未だに正解が分からない。
何回も録り直した。
エディさんから「教会をブッ壊すシーンを思い浮かべながら弾け」ってアドバイスされたのは今も覚えてる。
聴き直すと、迷っている感じがヒシヒシと伝わってくるもんね。苦笑いするしかない。
個人的には The Variations の中で一番好きな曲。エディさんの声も歌い方も曲にマッチしていると思う。
歌の最初の英語の発音は、ロニーさんがマンツーマンで指導していた。

レコーディングでは、ロニーさん曰く、「Sleggar Kou は俺にだけ厳しい。何度もやり直しさせられた。」と言っていた。Sleggar Kou 宅に泊まり込みで弾いていたもんな。

2008年12月、The Variations の2度目になり、最後となった地方遠征。イン福島
福島のみなさんには本当に良くしてもらって感謝しています。

当日朝に出発。
ロニーさんは別行動だったので、エディさんとニッシーさんと3人で東京からドライブ
寒かったけどいい天気だった。

夕方、福島に着いて、リハーサルを終え、ホテルに行かずにファミレスに直行。
何杯もビールを飲んだな。

打ち上げも遅くまでやって、寝たのは1時間位だったような。
エディさんは、「地方にライブに行ってホテルに泊まっても、シーツは綺麗なままで帰るのが俺のやり方だ。」と言っていた。

翌日、ニッシーさんは別の予定があったので、帰りはエディさんと2人。
車内では Tom Waits を聴いた。

Tom Waits と言えば、言うまでは無いけど、エディさんが大好きでね。
いつか、「Time」を一緒にやろうって言ってたんだけど、幻になってしまったよ。
1回くらい、やっておけばよかった。

ライブではじけて、睡眠不足になり、往復の長距離運転でヘトヘトの中、東京に帰ってきて、笹塚で二人で飲んだ。
お互い半分眠りながら飲んでた。
まだ、あの居酒屋あるのかな。今度機会があったら探してみよう。

という感じで、2008年はフル稼働の中、暮れていった。

結構、書いたな。
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2014-05-29 [etc]

アコースティックライブが終わり、スタジオの日々。
ニッシーさんの腰痛も無事回復した。

7月、エディさんとニッシーさんと三人で、地方に JOE ALCOHOL & THE 440's のライブを観に行った。
確か、BAREBONES の BACK IN YOUR BLACK が出て間もないころで、車の中でヘビーローテーションで聴いた。
俺個人は、エディさん、ニッシーさんとの初めてのドライブとなるわけで楽しかった。
目的地に早く着き過ぎて、時間潰しに3人で卓球をやったな。
それでも時間が余って、ファミレスとファーストフードをはしごした。

JOE ALCOHOL & THE 440's に呼んでもらい、8月に沼津でライブ。
The Variations 初の地方ライブということで、「東京者としてナメられないように」を合言葉に必死に練習した。
スタジオ嫌いのロニーさんも文句を言わず。
休憩時間もタバコ吸ったら直ぐ終りで、この時が一番練習したかもしれない。

さすがに来ないと思っていた T.Strange は、50cc で東京から駆けつけてくれた。
その勇姿から、The Variations の中では英雄扱いされていたな。

4人揃うことができたけど、ロニーさんのベースがまさかの不調。
力を出しきれなかったことを覚えている。

ライブの翌日、エディさんがホテルのカミソリで顎を深く切ってしまい、一日中血が止まらなかった。
タイガーバームっていう塗り薬をずっと塗ってた。
昼にジョーさん等と沼津港でランチをしたんだけど、片手で顎の血を止めながら酒を飲んでたな。
ホテルと言えば、エディさん、ニッシーさん、俺と同じタイミングで部屋を申し込んだのに、何故かエディさんの部屋だけが、ニッシーさんと俺の部屋からは遠いところにあったんだよな。
エディさんが笑い話にしてたのを凄いよく覚えている。
当時好きだったのか、エディさんと T.Strange は二人で飽きることなく、なだぎ武のディランの物真似をし合ってた。

沼津から東京に帰ってきて、打ち上げとして飲みに行こうとしたが、止まったと思った血が再び流れ始めたので、打ち上げは中止になった。

P.S. 精神中のあらゆるネジが外れそう(映画『クール・ランニング』の最後のシーンのような)だが、省くこと無く書ききります。
THE HONG KONG KNIFE「Nobody Loves Me」と東京スカパラダイスオーケストラ「蟻たちの夜」が今の支え。
昔、エディさんに、ホンコンナイフの曲で何が好きか聞かれたので、「Nobody Loves Me ですね。」って言ったら、「俺、あの現場に居たぜ」と笑ってた。
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2014-05-28 [etc]

2007年正月、新年会として、エディさん、ニッシーさんと三人で新宿南口にある焼き鳥屋に行った。
閉店になるまで飲んで、そのあとは酔いざましにビリヤードに行った。

やっぱりベース不在が問題で、エディさんが悩みながらも、どうにかすると言っていた。
「俺、ベースやりましょうか?」って言ったら、「お前はギターを弾け」と食い気味に却下されたよ。

数日後、ベーシストが決まった。
元 THE GOLDEN ARMS の RONNIE SILVERS。
満を持して登場。

俺は初めましてで、いきなりスタジオだった。
ベースはこれが初めてってことで、真っ白のプレべを買って持ってきたということだった。
第一印象は、優しそうだけど、怒らせたら怖いタイプかなと思った。
でも怒られたことなんてなくて、男前で気持ちのいい人だったよ。
ベースを愛しているところは、やっぱりカッコよかったな。
初のスタジオは1月の寒い日で、缶コーヒーをおごってくれた。
アルバム『TIME』を聴いていただけた方はお分かりになると思うけど、あの手数の多いスタイルはもう初日からだった。
こうして2007年の1月に、4年後に発売されるアルバム『TIME』を制作したメンバーが揃った。
初めて4人で音を出したときは嬉しかったな。
普通か異常かは分からないけど、The Variations ではメンバー同士お互いにこうして欲しいとか最後まで演奏に注文し合うことが無かった。
エディさんが持ってくる曲は、どんどん変わっていったし。
エディさんが誰かの演奏にケチを付けることも無かった。少なくとも俺は聞いたことはないな。
メンバーそれぞれのスタイルが好きだったんだと思う。

確か3月頃だったと思うけど、ライブに誘ってもらった。場所は幡ヶ谷ヘビーシック。
The Variations が最も多く演奏した会場は幡ヶ谷ヘビーシックになると思う。その記念すべき一発目。

ロニーさんのお披露目を兼ねたライブだったけど、ニッシーさんが腰痛のため急遽アコースティックライブに。

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今思うと、 The Variations では 最初で最後のアコースティックライブになったから、ある意味では貴重か。
やはり俺は T.Strange を呼び寄せた。

急遽のアコースティックだったから、俺はエディさんに少し不安であることを言ったら、「関係無いよ。ギター弾くことには変わりないし。」って励ましてくれた。
俺は、シラフのエディさんのさりげないクールなところも凄い好きだったな。
先日、最後に会話した時も、「BJ、最近何してんだよ?」って聞かれて、「最近はテレビを眺めてるだけですね。」って言ったら、「いつでも俺が笑わしてやるよ。」って、最後の最後までクールに励ましてくれた。

3月の幡ヶ谷、まだまだ寒い日で曇り空の下ベンチに座って、エディさんは美味しそうにビールを飲んでた。
今思うと、エディさんはどこかでアクシデントを楽しんでたような気もする。

打ち上げは朝まで。
最後は、エディさんと T.Strange と3人で中野通り沿いのファミレスに居た。
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2014-05-25 [etc]

2006年、夏ごろにライブの話が着た。
場所は渋谷CLUB CRAWL。
出番はトップだった。
ジョニィさんがベースで。
エディさんはそのときだけフライングVを使ってたんだよな。

緊張で、客席を見る余裕なんて無かった。そもそも、ライブなんてそんなにやったことが無かったし、思いきりやれればいいやと思った。
色々な人が観に来てくれていた。
俺は何かが怖かったので、中学校からの親友で過去に一緒にバンドをやっていた T.Strange という男を呼び寄せた。

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エディさんとの打ち上げは朝まで続いた。渋谷で始めて、最後は高円寺に居た。

それからライブは無かったけど、10月の終わりか11月の初めにレコーディングをした。
The One You Need、That's Where I Live (Cosmic Rays)、Colors の3曲。
一夜でボーカル含めて全部録り終えて、もうヘトヘトだったな。
ミックスまで完成したときは嬉しくて、数少ない友達に自慢して送り付けた。
ジャケットはエディさんと漫画喫茶に5時間籠って作った。
その録音が終わり、ジョニィさんが脱退。
ベース不在となったのが2006年の暮れ。
結構落ち込んだ。


P.S. 過去にはあり得なかったペースでブログを更新できています。EDDIE ALCOHOL のことを好きな皆様のおかげです。
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