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2014-05-28 [etc]

2007年正月、新年会として、エディさん、ニッシーさんと三人で新宿南口にある焼き鳥屋に行った。
閉店になるまで飲んで、そのあとは酔いざましにビリヤードに行った。

やっぱりベース不在が問題で、エディさんが悩みながらも、どうにかすると言っていた。
「俺、ベースやりましょうか?」って言ったら、「お前はギターを弾け」と食い気味に却下されたよ。

数日後、ベーシストが決まった。
元 THE GOLDEN ARMS の RONNIE SILVERS。
満を持して登場。

俺は初めましてで、いきなりスタジオだった。
ベースはこれが初めてってことで、真っ白のプレべを買って持ってきたということだった。
第一印象は、優しそうだけど、怒らせたら怖いタイプかなと思った。
でも怒られたことなんてなくて、男前で気持ちのいい人だったよ。
ベースを愛しているところは、やっぱりカッコよかったな。
初のスタジオは1月の寒い日で、缶コーヒーをおごってくれた。
アルバム『TIME』を聴いていただけた方はお分かりになると思うけど、あの手数の多いスタイルはもう初日からだった。
こうして2007年の1月に、4年後に発売されるアルバム『TIME』を制作したメンバーが揃った。
初めて4人で音を出したときは嬉しかったな。
普通か異常かは分からないけど、The Variations ではメンバー同士お互いにこうして欲しいとか最後まで演奏に注文し合うことが無かった。
エディさんが持ってくる曲は、どんどん変わっていったし。
エディさんが誰かの演奏にケチを付けることも無かった。少なくとも俺は聞いたことはないな。
メンバーそれぞれのスタイルが好きだったんだと思う。

確か3月頃だったと思うけど、ライブに誘ってもらった。場所は幡ヶ谷ヘビーシック。
The Variations が最も多く演奏した会場は幡ヶ谷ヘビーシックになると思う。その記念すべき一発目。

ロニーさんのお披露目を兼ねたライブだったけど、ニッシーさんが腰痛のため急遽アコースティックライブに。

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今思うと、 The Variations では 最初で最後のアコースティックライブになったから、ある意味では貴重か。
やはり俺は T.Strange を呼び寄せた。

急遽のアコースティックだったから、俺はエディさんに少し不安であることを言ったら、「関係無いよ。ギター弾くことには変わりないし。」って励ましてくれた。
俺は、シラフのエディさんのさりげないクールなところも凄い好きだったな。
先日、最後に会話した時も、「BJ、最近何してんだよ?」って聞かれて、「最近はテレビを眺めてるだけですね。」って言ったら、「いつでも俺が笑わしてやるよ。」って、最後の最後までクールに励ましてくれた。

3月の幡ヶ谷、まだまだ寒い日で曇り空の下ベンチに座って、エディさんは美味しそうにビールを飲んでた。
今思うと、エディさんはどこかでアクシデントを楽しんでたような気もする。

打ち上げは朝まで。
最後は、エディさんと T.Strange と3人で中野通り沿いのファミレスに居た。
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2014-05-25 [etc]

2006年、夏ごろにライブの話が着た。
場所は渋谷CLUB CRAWL。
出番はトップだった。
ジョニィさんがベースで。
エディさんはそのときだけフライングVを使ってたんだよな。

緊張で、客席を見る余裕なんて無かった。そもそも、ライブなんてそんなにやったことが無かったし、思いきりやれればいいやと思った。
色々な人が観に来てくれていた。
俺は何かが怖かったので、中学校からの親友で過去に一緒にバンドをやっていた T.Strange という男を呼び寄せた。

P9020014.JPG

エディさんとの打ち上げは朝まで続いた。渋谷で始めて、最後は高円寺に居た。

それからライブは無かったけど、10月の終わりか11月の初めにレコーディングをした。
The One You Need、That's Where I Live (Cosmic Rays)、Colors の3曲。
一夜でボーカル含めて全部録り終えて、もうヘトヘトだったな。
ミックスまで完成したときは嬉しくて、数少ない友達に自慢して送り付けた。
ジャケットはエディさんと漫画喫茶に5時間籠って作った。
その録音が終わり、ジョニィさんが脱退。
ベース不在となったのが2006年の暮れ。
結構落ち込んだ。


P.S. 過去にはあり得なかったペースでブログを更新できています。EDDIE ALCOHOL のことを好きな皆様のおかげです。
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2014-05-25 [etc]

年が明けて2006年

独り暮らしでもしてみようかとエディさんに言ったところ、幡ヶ谷に来いと言ってもらえた。
俺は神奈川川崎という都会でも田舎でもないところで生まれ育って、独り暮らしも川崎市内にしようかな、なんてぼんやりと考えていた。

そして3月から笹塚に住むことになった。
これでエディさんと遊ぶ準備が整ったんだな。

引っ越して初めてのスタジオのあと、エディさんにお酒を誘われた。初めてサシで飲んだ。
今あるかは分からないけど、幡ヶ谷駅の裏にある建物の二階で、個人でやってる居酒屋だった。
狭い店だったけど、客は他に居なくて、座敷を貸し切り状態だった。
話した内容は忘れたけど、「俺が採点してやるから、好きなものを注文しろ」と冗談を言われたのは覚えてる。
結果は全部合格だって言ってたな。

しかし、エディさんとはよく一緒に飲んだ。
笹塚駅の近くにお気に入り焼肉屋があって、「金があるときに行く店」という名前を付けてた。
最もよく行ったのが、幡ヶ谷食堂とラーメン屋ぼたん。
ぼたんではラーメンは食べずにひたすら瓶ビール。久しぶりにぼたんに行きたいと思う。

誰かのライブに遊びに行くとかでどこか出掛けるときは笹塚駅の近くのベンチで待ち合わせるのが定番だったんだけど、お互いがお互いのためにビールを買ってくるもんだから、出掛ける前からシラフじゃないのが当たり前だった。
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2014-05-24 [etc]

スタジオでは、THE VARIATIONS の曲を教えてもらって練習した。
そのときは、Eternal Circle、Colors、All Alone、I Love You、Footstep of Love があったと思う。
The One You Need が製作途中だったけど、原型はできてた。

エディさんがギターを弾くところを初めて見たから、何だか新鮮な気持ちを覚えたな。

エディさんはスタジオ前にビールを買う習慣があって、俺も初日からその習慣の洗礼を受けた。

二回目のスタジオはニッシーさん不在で、エディさんとジョニィさんと三人でスタジオに入った。
凍てつく寒さの日で、エディさんはウィスキーのポケットサイズを持ってきてた。
それをジョニィさんと三人で回し飲み。
ギャング映画にありそうなワンシーンだった。

その日にエディさんから「お前も THE VARIATIONS の一員だ」と言ってもらった。
本当に嬉しかった。
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2014-05-18 [etc]

新宿ロフトの後は、会う機会も無く、ジョニィさんとの連絡も無い日が続き、一年が経過しようとしていた。

次に会ったのは、2005年9月、やはり新宿ロフトで、たしか DAMNED のトリビュートアルバムのイベントだった気がする。
JOE ALCOHOL & THE 440'S を観に行ったんだけど、エディさんも観に来ていて、少し話すことができた。

それから約2ヶ月経ったある日、久々にジョニィさんと話す機会があった。
そのとき、今度スタジオに遊びに来い、と言ってもらえた。

それで、2005年12月、指定されたスタジオに行くと、エディさんとニッシーさんがいた。
ジョニィさんは欠席だった。

スタジオに行く前日に、エディさんから電話があり、駅を降りてからスタジオに行く道を詳しく教えてもらった。
当時の俺、相当ビビってたな。


また書きます。
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2014-05-17 [etc]

気持ちの整理も含めて、Eddie Alcohol と THE VARIATIONS のことを振り返ってみたいと思う。
そして、偶然であれ、この記事を読んでいただいた方にも知ってもらえればと思う。

まず、俺がエディさんと初めてまともに話をしたのが、2004年。新宿ロフトでだった。
10月だったと思う。

そもそも、俺はある先輩をとおして、Little Johnnie さんに弟子入りした。
それが2004年の夏。
「とりあえず、The Only Ones を全曲弾けるようにしておけ。」という指示があり、忠実に練習に励んでいた。

話は戻って、新宿ロフトでは JET BOYS の企画のライブがあって、JOE ALCOHOL さんが出るということから、友達と観に行った。
エディさんも観に来ていて、一緒に行った友達はエディさんと知り合いだったので、紹介してもらったのが出会いだった。
確か、その日はサングラスをしていなかったような。
気さくで、話しかけると、面白くして返してくれた。
俺はファンだったから凄い嬉しかった。

その日、エディさんのペンダントが無くなる事件が起きて、ジョーさんと友達と四人でロフト中を探したのは思い出になった。結局、ペンダントは見つからなかった。


続きはまた書きます。(結構、長編になりそう。)


sleggar kou の記事もよろしく!
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2014-05-12 [etc]

PA1002521.JPG

ホームページでお伝えしましたとおり、Eddie Alcohol が2014年5月6日にこの世を去りました。

ご報告が遅くなってしまったことお詫び申し上げます。


皆様の思いはきっと届いているはずです。
どうか、これからも Eddie Alcohol を思っていただければと思います。

Eddie Alcohol の音楽はまだこれからも続きますから。
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2014-05-11 [etc]

エディさんへのメッセージ、みなさんありがとうございます。
まだまだ書き足りてない人は、もっともっとよろしく。

ライブを観たことが無くっても、話したことが無くっても、接点すら無くたって、伝わるものは伝わるんですから。

言いたいこと、言っちゃいなよ。

2014-05-06 [ACTION]

皆様、お久しぶりです。

我らが THE VARIATIONS のギター&ボーカルにして、リーダーであり、作詞家、作曲家であり、THE HONG KONG KNIFE ではベースであり、孤独なサングラスマンであり、優しさに溢れている人であり、ユーモアだけは忘れない男であり、テーブルからベッドまですべてのプロセスにおけるマナーは最高であり、誰もが欲しいと思うものをほとんど持っていて、私が読む本、聴く音楽、観る映画の情報源である、Mr.EDDIE KEROUAC ALCOHOL へのメッセージを募っています。

MESSAGE TO EDDIE ALCOHOL

一人何回書いたっていいんです!!
エディさんなら、30回位書くよね。

2013-06-22 [BOOK]

しばらく放蕩してたが、くたびれたし、いいことだけじゃなかったので帰ってきた。


暗夜行路 (新潮文庫)

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